トップ›短歌の本棚›サラダ記念日
サラダ記念日の書影
書影は公式サイトより
BOOKサラダ記念日
POP

千年残るポテンシャル

ここから百年残るポテンシャルはあると思う。それは単に人気なだけでなくて、実際によい歌だからだ。

俵万智『サラダ記念日』(河出書房新社)

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日引用:俵万智『サラダ記念日』(河出書房新社)

Review

七月六日の一首が口ずさまれつづける理由

『サラダ記念日』の新装版が2026年に河出書房新社から発売された。そこに大森静佳が解説を書いている。大森静佳が生まれたのは1989年で、彼女が中学2年の夏休みを迎える前に『サラダ記念日』のプリントを授業で読んだという、その印象深さについてのエピソードが書かれている。1998年に生まれた私も、同様の経験をおそらくしているが当時は短歌に興味がなかったから、全く覚えていない。

しかし短歌の授業には、やはり『サラダ記念日』は引用されていたと思う。驚くべきことに2026年になっても、7月6日になれば俵万智の代名詞とも言える「サラダ記念日」の短歌がタイムラインに流れていくのを見ることになる。長い時間が経った今でも「7月6日はサラダ記念日」という印象は非常に強い。

歌集を2026年に読み返すと、そこで詠まれている感覚であったり、言葉遣いであったり、アイテムの違いというのは容易に受け取ることはできるんだけれども、やはりここで改めてその凄さを言いたいのは、この歌集の題名にもなっている「サラダ記念日」の歌である。

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日『サラダ記念日』俵万智

ずっと口ずさまれるという凄さをやはり考えなければならないと思う。たった31音からなる短い詩のことを考えれば、それは心細く頼りない大きさで、例えば小説しか今まで読んでこなかった人が歌集を見たときに「全然文字書いてないじゃん」と驚くだろう。そういった小さなものが、ずっと口伝えられて読まれてきたということに、新鮮に驚ける。この歌には口ずさまれるための要素がいくつか込められていると思う。

まず、やっぱり「サラダ記念日」という造語を成立させた手腕は破格だ。こう言ってしまうと当たり前なんですけれども、サラダは食卓において全然主役じゃない。彩りであったり、健康のために置かれているものである。もちろん美味しいと思うが、例えば唐揚げとか牛丼とかに比べると、射程が狭い。そこを「記念日」という言葉で特別にした俵万智の言語感覚がある。

造語は難しい。歌で造語を使おうと思うと、細心の注意が求められるし、注意があっても上手くいかないケースのほうが断然多い。造語は「何を言っているか分からない」というところがまず先立つ。造語の意味を十全に伝えるのはすごく難しいことなのだ。しかも冗長とか、説明的な感じはしない。これ以上言ってしまうと説明的になりすぎるところを、「この」「から」で過不足なく説明している。簡単なように見えるんだけれども、繊細に意識が張り巡らせている。

「七月六日」という何でもない日、ただし、七夕の前日であるという、読者が発見のささやかな喜びを享受できる仕掛けもある。「あ、これ七夕に近いね」みたいなことを無意識にでも思うような舞台設定であるというのが、にくい。読者が無意識にこの歌の背景を夜の食卓だと自然に思って読むのは、七夕に近いということが間違いなく効いている。

こんなに人々の間で喋られて、引用されて、口ずさまれているということを思うと、ここから百年残るポテンシャルはあると思う。それは単に人気なだけでなくて、実際によい歌だからだ。改めて今まで自分が作ってきた歌のことを考えても、この「サラダ記念日」の強度を越える歌を作れたかは自分ではわからない。あらためて素晴らしい歌だなと思う。

いま、河出文庫から手に取りやすい形で出たのが喜ばしい。ぜひ皆さんに有名な歌だけでなく、一冊をゆっくりと読んでみてほしい。

Where to buy

この本が買える場所

このメディアは紹介だけをしています。本は外部のお店で買えます。リンクにアフィリエイトは使っていません。