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短歌に季語は必要? 季節の言葉の使いどころ

公開

短歌に季語は必要ありません。季節の言葉を入れても、入れなくてもかまいません。 原則として季語を入れるのは、575の俳句のほうです。 ただ、季節の言葉は、短歌においてとても強い道具になります。使いどころを一首で見てみます。

作る・出す

まず、この一首

死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる斎藤茂吉『赤光』

鑑賞:「かはづ」は季語?

「かはづ(かわず)」はかえるのことで、俳句では春の季語です。でも茂吉は、季語だからという理由で「かはづ」を使ったわけではありません。

死が近い母のそばで寝ている夜。外では、遠くの田んぼのかえるが、空まで響くほど鳴いている。かえるの声は、春の命のにぎやかさそのものです。その声のなかで、母の命だけが消えていこうとしている。季節の言葉が、悲しみをいっそう深くしています。

つまり短歌では、季節の言葉は「決まりだから入れるもの」ではなく、「歌の効果を引き出すために入れるもの」といえるでしょう。

季節の言葉がない名歌

逆に、季節がまったく出てこない名歌もたくさんあります。

はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢつと手を見る
石川啄木『一握の砂』

この歌は、春でも冬でも成り立ちます。季節がないからこそ、毎日ずっと続く暮らしの苦しさが伝わります。

どう使い分ける?

  • その日の空気や時間を伝えたいとき → 季節の言葉が役に立つ
  • いつでも変わらない気持ちを書きたいとき → 季節を入れないほうが良いこともある
  • 季節の言葉を入れたら、「暑い」「寒い」は書かなくてもいい(言葉が重なってしまうため)

「季語を入れなさい」と言われたら

たとえば学校の宿題などで、先生によっては、練習として季節の言葉を入れるように指導することがあります。その場合は、先生の指示に合わせて季語を使ってみましょう。
短歌のルールとしては不要ですが、季節を一つ決めると、書くことが見つけやすくなるのも本当です。

ここが入門ポイント

短歌に季語のルールはない。でも季節の言葉は、実際の景色をよりあざやかに伝えたり、気持ちを託したりできる強い道具になる。入れるなら「なぜこの季節なのか」を考えてから。

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