まず、この一首
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日俵万智『サラダ記念日』
鑑賞:すべてが「サラダ記念日」に集まる
この一首のすごさは、やはり「サラダ記念日」という造語の強さ。もしかしたら教科書でもこの歌を読んだ人もいるかもしれません。「サラダ」と「記念日」は、どちらも何でもない言葉。それをつなぎ合わせただけで、ほかのどこにもない、新しい言葉が生まれています。その手前の「七月六日」も効いています。日付がはっきり書かれているので、「君」のひとことを聞いたその日が、具体的な一日として立ち上がります。
そして体言止めに注目として見ると、「この味がいいね」という会話も、七月六日という日付も、すべてが「サラダ記念日」に流れこんで終わる。一首の構造そのものが、最後の名詞に向かって集まっていくのです。体言止めというのは構造的に、読みの集中をさいごの名詞に流れ込ませます。
共感できる恋の歌として読まれてきた一首ですが、ここではまず「サラダ記念日」という言葉と、それを最後に置いた勇気ある構造を味わってみてください。
体言止めの見分け方
- 歌の最後の言葉を見る
- それが「もの・人・場所・時」の名前(名詞)なら体言止め
- 「〜けり」「〜かな」「〜する」など、動きや様子の言葉で終わっていれば体言止めではない
この歌の最後は「サラダ記念日」。記念日という名詞で終わっているので、体言止めです。
参考にして作ってみよう
「サラダ記念日」の歌は、三つの段でできています。
- きっかけになる出来事を置く(「この味がいいね」と君が言った)
- それが起きた日や場所を、具体的に書く(七月六日)
- そのすべてに名前をつけて、最後に置く(サラダ記念日)
体言止めで書くときも、この順番で考えられます。まず、気持ちが動いた出来事を一つ選ぶ。次に、それがいつ、どこだったかを具体的にする。最後に、その出来事全体に、自分だけの名前をつけて歌を終える。
名前は、ありふれた二つの言葉をつなぐと生まれやすくなります。ふだんは並ばない言葉どうしを組み合わせると、その日だけの、新しい名詞になります。
造語がむずかしいと感じたら
ここまで「サラダ記念日」を例に、自分だけの新しい名詞をつかうパターンを見てきました。ただ、じつはこの歌は、造語がこれ以上ないほどうまく決まっている特別な成功例でもあります。
実際に自分で造語を作って最後に置こうとすると、言葉が浮いてしまったり、俗に言う「スベる」ような感覚になって、少し痛々しい歌になってしまうことも少なくありません。体言止めは最後の言葉にすべての注目が集まるからこそ、造語のハードルはどうしても高くなります。
もし「造語はむずかしいな」と感じたら、無理に新しい言葉を作ろうとせず、まずはふつうの名詞で止めることから始めてみてください。たとえば、なにか特別な名前をつけなくても、ただ「記念日」という言葉だけで終わらせるのだって立派な体言止めです。
私自身、普段短歌を作るときには造語をほとんど使いません。だからこそ、こうして違和感なく、しかも強く心に残る造語を最後に据えた「サラダ記念日」は、本当にすごい一首なのだと改めて思います。まずは手元にあるシンプルな名詞を、そっと置いてみることから試してみてください。
体言止めは、いちばん大事な言葉を最後に置く技法。歌の最後の名詞に、それまでの言葉がぜんぶ流れこんでいるかを見てみよう。
次に読みたい一冊
終止形はため息のように、体言止めは写真のように。体言止めを使った歌も特徴的な長谷川麟『延長戦』を読んでみてください。

そこに、置かれている歌
長谷川麟『延長戦』
終止形は吐露やため息のように、体言止めは写真のように。波の音の録音を聞いているように淡々とシーンは進み、わたしたちは長谷川さんの観た風景をなぞっていく。
推薦文:武田ひか 推薦文を読む →